なんだろう、これは。
深夜の模型作業はちっとも進んでいない。今月中に何かしら出来ているはずだったんだけどなぁ。
夕方、遊びに出たっきり帰って来ない子供達を探しに出てみると、入れ違いで子供達は家に戻ったらしい。その帰り道に子供達がどうやら隠れてゲームをしているという現在休業中のカフェを通りかかったら、ゴミだらけ。もうね、カチンっと来て、家に帰るなり、何か言いたそうな子供達がヘラヘラして近寄って来たので、一喝。二人を引き連れて、ゴミ拾いをさせに行く。阿呆が。自分はやっていないじゃなくて、そこで一緒に遊んでいる以上は同罪なのだ。子供の事情はどうあれ、大人はそうは思ってくれない。大人の体系化力は柔軟ではないし、個別にも対応もしない。即ち「禁止事項」という選択につながる。つまり彼らが憩いの場にしているそこは立ち入り禁止だ。どう考えてもこいつら常習犯だったろうし、話を聞いて見れば、自覚していた事だったのでまだ悪い。
このコロナ騒動がクソなのは大人も頭がおかしくなるが、子供も頭がおかしくなる。ある種、今まであったルールが無い環境で過ごすので、そりゃそうだろう?って思う。大人の馬鹿さ加減は今に始まったことでは無いが、これが子供にまで波及するともう手が付けられない。いろいろな見方も価値観もあるが、この数ヶ月の状況は彼らの人生に大きく影響すると思う。かつての「ゆとり」と言われた世代、言われたく無いだろうけど、「ゆとり」は「ゆとり」だ。実に素晴らしい。今の小学生もきっと「コロナ」世代って言われることになるだろうね、このままだと。「コロナ」は「コロナ」だ。学校生活が短くなると、モラルが明らかに低下するだろうし、他人を思いやる気持ちが足りない、特に長い事一緒に過ごす時間が長くなったせいで、甘えというか、家族の気持ちを察する能力が低くなる事を懸念する。
この時の大人の対応は、多分、子供にもある価値感を尊重しつつ、気付きがどうたら、こうたら言う輩もいるだろうが、僕は自分の価値観を押し付ける事にした。結局、馬鹿につける薬はない、それだけ。
一日中、ちょっと在宅ワークに煮詰まり過ぎたところもあるかもしれないが、反省はしていない。
結局、「今後の対応は?」とか「再発時は?」とか意見を求められるんだろうけど、意見出したところで、設備投資的に実現出来ない環境がそこにある訳で、「クソがっ」って絶叫して終わりでしょ?結局、アイデアはあるけど、そこでは出さないだけ。
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