ちょっと大学まで、先輩(先生)の還暦のお祝い。
午前中の早めの時間から都内へ。
今日の都内はにわか雨の可能性があるということで、電車の中で強雨男のTATさんに連絡、「今日はいらっしゃるんですか?」ってお伺い。
今日は来れないという事でまたいつかの再会を約束しつつ、「良かったです。今日の都内の天気はもちそうですね。」と返す。
どういう訳かH先輩と最寄駅で待ち合わせる形になって、大学まで。途中、これまたなぜか同級生と遭遇して、そのまま一緒に学内探検もする。もうすっかり建物の建て替え工事も進み、僕らの学生の頃の思い出の場所も面影しかない。それでも4年〜6年通っていたので新しい建物にその思い出を重ね合わせる形で。学内の桜は満開手前の一番綺麗な時期で実にいい春だなと思う。同級生に「僕らの入学式の時も桜が綺麗だったよね。」って話したら、そうだっけ?って返される。まぁそんなものかな、35年前、1991年の話だ。
このお祝い会に行ってみて、分かった事はどうやら若い人達メインで構成されているらしく、僕らの代、さらには僕らの上の代の、先生が先輩だった頃の方々に連絡がいっていないらしい。計算外だったけど、これは仕方がないのかな。数日前の情報でLINEに入っている人が35名、参加者が約100名ということだったので、当然LINE以外の連絡方法で連絡が取れている人がいるものなんだろうと考えていた。完全に勘違いと思い込みしていた。
先輩の人柄が現れていて良い会だった。60歳のお祝いの会をこんな感じで開いてくれる人達、実にあたたかいなぁ。そういう人達をいっぱい育ててきたという事かな。これは教育者としての功績だろう。距離感が実に良い。言い換えれば人たらし。
僕もこの3年間くらいでいろいろあったし、何より何もかもが基本的に失望しかしていない。大きくは二つに収束する。一つは教育。もう一つは人間の本性。本性は教育によってかなりの部分を後天的に抑えられるのだけれどもそれがあまり出来ていない、足りていないという事。ただ先輩達と話をして科学にもまだまだ希望があるかもしれないと思う。確信は出来ないけども。30年後くらいかな。
帰り道に6人ばかりで、僕らが学生の頃からあった居酒屋に寄って3次会。
また学生の頃の思い出だったり、バカな話をしながら、楽しい時間を過ごす。今も昔も良い人達だ。
大学を出て29年か、そこからの分岐は無数にあった。目の前にも過去にあった選択肢と現実と。その無数の選択を振り返り、一つづつ選択し直したらどうだったんだろう?って未だによく考えるし、その思い出がグルグル回る。グルグル回る選択肢は大抵の場合は選択した結果が悪い方向になってしまった後悔が少なからず残っている時だ。良い選択ってなんだろう?結局、大抵は悪くない選択という事で大抵は忘れる。
考えてみたらもっと写真撮れば良かったと思った。なんとiPhoneを見たら自分で撮った写真はこれしかなかった。大根サラダに花火。相変わらずアホかと思う。
次の再会は来年の春くらいかしら...全ては良い思い出で。それまで楽しみに生きていようかな。まずはそれまでに人と人の繋がりを繋げ直す作業でもしておこうか。
最後は僕一人新宿、乗り換えの選択で少し迷って埼京線で帰路。どうやら宇都宮線、高崎線が止まっていた模様。無事に帰れて、今日の最後はそれほど悪くない選択だったのかもしれない。
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