よく分からないけど、終わった事にしたかった。
今日は確定申告を終わらす日。
一応、一通り終わったけど、よく分からない事がいくつか。
まず住宅控除。去年紙で出さなくていいと思っていたんだけど、今年の書類を見てみたらやっぱり直接持って行かないといけないみたい。去年は未提出だったってことなのかな。あと3年はこれが続くという話か。なんとかならないのかね?
次いでかんぽの生命保険。項目は出るのになぜか郵便IDとマイナポータル上で連携出来ず、何回やっても出てこない。取り敢えず手入力で入れてみたけど、どうしたらいいんだろう。なんだこれ。
あとは農協の共済。これがさっぱり分からない。連携出来ず、項目すら出て来ない。なんだこれ。
あともう上記のかんぽの生命保険、解約してしまおうかなと思う。なんだかんだ続けて来たけど、もう僕の人生でこれは用無しかもしれない。
今日は3/11なので思い出される事といえば東日本大震災であれから15年になるのか。
このブログにも当時の記録は残しているし、3/11以降の日々に思ったことも書いてあるので、ちょっと読み返してみた。
当時の仕事としては、駒場の東大のアドラボにヒトiPS幹細胞の実験をしに行っていた。行くことが決まった前年の段階ではまだまだ意気揚々としていた。ただその時、実は水面下で社内の思惑があった模様。そちらもまだまだ順風満帆だったのは間違いない。要するに余裕があったのだ。ところがこの地震のタイミングでどうやら上層部が舵を切ったようで、僕を含めていろんな人の思惑にズレが生じ始める。何より思惑がズレたまま、異動させられて、全く噛み合わず、それでも僕は器用に仕事をこなし続けていたけど、結果を出せば出すだけ、プロジェクトは終了していく。多分、これも上層部としては縮小に繋がるから願ったりだったんだろう。低分子化合物をそれまでに取り扱う事も無かったので、製薬会社の研究員としては良い勉強にはなったけど、研究者としては無駄に過ごし始めるきっかけになったのは間違いない。この地震が無かったら?ってこの後10年くらいよく考えていた。人生ってそんなものかな。
あとこの地震のあとに纐纈くんが電話をかけてきて、「こんな時だからこそ、同窓会をやろう。」って言ってくれて、それが実現できた事はいい思い出かな。暗く沈んでいた気持ちに光が差した気がした。もし彼が生きていたら、今でも僕を叱咤激励してくれるだろう。未だに墓参りに行っていないけど、行ったら何か助言くれるかしら。
模型作業。
1/72 ドラグナー1の続き。
膝のところ、赤のラインの上側だけスジボリ化する。塗装のガイド件、ディテールとして。
下腕部分、パーツの分割変更。手首側は分割したけど、肝心な下腕の合わせ目を逃す方法がデザイン的に大張過ぎて見当たらないので、仕方なく段落ち様にスジボリ。接着可能なところは接着しつつ、バラせる部分はバラせるようにしておくのがPlamaxのキモかな。
MGグフカスタムの写真を撮り直してみた。

今の条件で撮るとこんな感じ。縦だと少し暗いとは思う。横の写真くらいにするとちょうどいいのかな。





































